格差社会への不安:教育しかないと思う
Q:貧乏人はやっぱり貧乏人で終わるか。不安だ。
A:
「格差社会」だと不安をあおる人が多いのですが、本当に問題とすべきは「悪平等」です。
競争の結果としての成果の差を「格差」だと否定することは、人間の生活をダメにすることすらあります。旧「ソビエト連邦」や「中国」などの国がどうなっているのかを見れば一目瞭然です。
その次に大きな問題は「貧困の連鎖」です。
質問者の疑問である「貧乏人は貧乏人で終わる」かどうか、これは大きな問題です。いくら努力しても貧困から脱出できない「悪平等社会」だと、貧困は連鎖します。貧乏人の子どもは貧乏人になってしまうのです。
実に大きな問題です。
中国の農村などが良い例です。
貧困の連鎖を止める本質的な方法は「教育」です。
イデオロギーや宗教などによらない「事実を知り、冷静に考える方法」を学ぶことで、貧困から脱出できるのです。
幸い、日本では「学校に行けないほどの貧困」はありえません。
アフリカなどでは現在も「水汲みに数時間かかるので学校に行けない子どもたち」が大勢います。コンピューターが使えないどころか、文字も読めないレベルの子どもが大勢います。
日本においては「努力すること」が嫌いということで自ら貧困を招いていることが多数見受けられます。例えば、平日の朝からパチンコ屋の開店を待つ若者の行列を見ると私はガッカリします。
彼らの将来を考えるととても不安です。そう思う人は多いでしょう。
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格差社会に関する質問だった。
この手の質問をする人は「政府が悪い」という論調の回答を求めることが多いようだ。
しかし、私は現在(2006年から2007年にかけてのマスコミの論調である)「格差社会の問題」は、政府に対するネガティブキャンペーンのように見える。
私の考えていることは、ほぼ回答で100%表現できたと思う。
一番問題にすべきは「悪平等」だ。
次の問題は「貧困の連鎖」だ。
その対策は「教育」だ。
「世界では学校に行けない子供が大勢いて文字も読めない。そのため、貧困から抜け出せない人が大勢いる」という事実をもっともっと学校でも家庭でも知らせるべきだ。
「世界の中で貧困から脱出できた国はないのか?」という質問には胸をはって「日本だ」と答えるべきだ。
「どうやって?」という質問には「まじめに教育した」と答えるべきだ。
批判の多い「ゆとり教育」だが、「生きる力」の向上については私はもっともっと取り組むべきだと思う。
・自ら問題を見つけて、自分で調べ、周りと相談して、解決策を考え、行動し、その結果を評価する。
これが「生きる力」の理想だ。
教育の目標として、まずは「読み・書き・そろばん(計算)」があって、その次に「生きる力」であるべきだと信じている。
「調べて行動することで、貧困から脱出できる」、そう信じている。